実務に役立つ最新研究レビュー:心理操作/ガスライティング(2024–2025)
要約(一般向け)
ガスライティングとは、相手の記憶や認識を否定・歪めることで、自信や判断力を揺さぶる心理的操作です。
近年は恋愛や家庭だけでなく、職場・医療・政治など幅広い場面で問題視され、法律や組織対策にも関心が高まっています。
この記事では、2024〜2025年に発表された最新の学術研究から、
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測るための新しい道具(恋愛関係版)
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職場での影響(看護師の燃え尽き・離職意図)
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なぜ効いてしまうのか(心の仕組みを説明する理論)
という3つの視点で、ガスライティングを徹底解説します。
難しい用語はかみくだき、一般の方でも理解できるように具体例や数字を交えて説明。
「自分や身近な人が被害にあっているかもしれない」と感じたときのチェックポイントや、
職場・家庭で取り入れられる防止策も紹介しています。
読むことで、
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ガスライティングの科学的な定義と仕組み
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被害や影響がどのように測られているか
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日常での早期発見と対処のヒント
が一度に分かる内容になっています。
ガスライティングは“ただの主観”ではない──最新研究が示す科学的根拠
多くの人は、ガスライティング被害を訴えると「気のせいじゃない?」「考えすぎでは?」と軽く扱われがちです。
しかし、2024〜2025年に発表された複数の研究は、この現象が単なる主観や感情的反応ではなく、心理学的に測定可能で、健康や行動に具体的な影響を与える現象であることを示しています。
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測定可能性:恋愛関係におけるガスライティング曝露は、標準化された質問項目で数値化でき、そのスコアはうつ症状や関係満足度の低下と統計的に関連します(研究①)。
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現実的影響:職場でのガスライティング経験は、燃え尽きや退職意図の高さと有意に関係しており、組織にとっても無視できないリスク要因です(研究②)。
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科学的説明:その成立過程は、既存の心理学理論(予測誤差最小化、愛着理論、共有現実理論など)で説明可能で、偶発的な誤解や個人の性格だけで片づけられるものではありません(研究③)。
これらの知見は、「ガスライティング被害は、本人の思い込みや主観だけの問題ではない」ということを裏づけています。
つまり、被害者の語る体験には測れる根拠と健康リスクの裏づけがあり、科学的にも検証可能な領域になってきているのです。
エグゼクティブサマリー
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研究①(2024, JSPR):恋愛関係のガスライティング曝露を測る11項目尺度(GREI)を2文化(イスラエルN=509/米国N=395)で検証。単一因子でまとまり、性別をまたいで同じ意味で測れる(計量的不変性)こと、うつの高さや関係満足度の低さと関連することが示された。測定の基盤整備が前進。 The Hebrew University of Jerusalem
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かんたんに言うと:「ガスライティングっぽい」を数値化できる物差しができ、男女どちらにも同じ物差しが使えそう、という話です。相手の操作で「自分が間違っているのかも」と感じるほど、気分が落ちやすく関係に満足しにくい傾向がデータで裏づけられました。 The Hebrew University of Jerusalem
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研究②(2025, Healthcare/MDPI):ギリシャの看護師N=410。職場ガスライティング(GWSで測定)が**燃え尽き(調整β=0.653)と離職意図(調整β=0.616)**に関連。組織は周知・通報・ゼロトレランス方針を整えよ、との提言。 MDPI
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かんたんに言うと:上司・同僚の「そんな事実はない」「あなたの勘違いだよ」などの現実否認型の対応が積み重なると、燃え尽きや退職の考えが強まりやすい、という結果です(ただし横断研究=因果は未確定)。 MDPI
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研究③(2025, PSPR):ガスライティングを予測誤差最小化・愛着・自己確認・共有現実などの理論で統合。「特殊な洗脳術」だけでなく、ふつうの社会認知が権力差や依存関係のある関係性で歪んで働くと理解できる枠組みを提示。 PubMed
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かんたんに言うと:身近な人の言葉は**“現実の基準”になりやすいため、繰り返し否定されると自分の感覚の方が間違いだと思い込みやすくなる──その心の仕組み**を説明した理論です。 PubMed
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横断所見:定義のブレは残るが、測定(GREI・GWS)と理論が整いつつあり、親密関係/職場など複数の場面で健康や離職への影響が具体化。政策・法(coercive control)との接点も議論が進行中。 スプリンガーリンク
リサーチ範囲と方法
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期間:2024年1月〜2025年8月(JST)。
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情報源:学術出版社の一次論文ページ/抄録(SAGE, Springer Nature, MDPI, PubMed 等)。
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選定基準:①2024–2025に公開、②ガスライティングを主要テーマ、③測定・因果経路・実務影響のいずれかに明確な貢献。
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かんたんに言うと:新しさ×一次研究に絞り、測る道具/現場への影響/理論の3本柱をバランスよく選びました。
研究①:恋愛関係におけるガスライティング曝露尺度(GREI, 2024)
出典:Tager-Shafrir ほか(Journal of Social and Personal Relationships, 2024) The Hebrew University of Jerusalem
研究の中身(専門向け要点)
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目的:恋愛関係でのガスライティング曝露を短く一貫した指標で測定。
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デザイン:イスラエル(N=509)/米国(N=395)の2文化横断。
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主結果:11項目単一因子、性別での計量的不変性あり。**うつ↑/関係満足↓**と関連(他のIPV被害を統制後も)。 The Hebrew University of Jerusalem
一般向け補足(わかりやすく)
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何ができるようになった?
「モヤモヤ」「言いくるめられている気がする」といった主観を、同じ物差しで数値化できるようになりました。 -
どんな意味がある?
数字にすると本人の状態や関係の質の悪化と結びつけて把握できるため、支援の優先度決めや経時モニタリングがしやすくなります。 -
注意点:アンケートは自己申告で、その場の関係性の強弱や文化の影響を受けます。因果関係までは確定しないので、記録・第三者確認と併用するのが現実的です。 The Hebrew University of Jerusalem
実務ポイント
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相談現場では、“ガスライティングの疑い”を定量化→必要なケアにつなぐ。
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尺度の項目文や図表の転載は権利に注意(今回は未転載)。 The Hebrew University of Jerusalem
研究②:職場ガスライティングと看護師の燃え尽き・離職意図(2025)
出典:Moisoglou ほか(Healthcare, 2025/オープンアクセス) MDPI
研究の中身(専門向け要点)
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サンプル:ギリシャの看護師N=410、横断調査。
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測定:Gaslighting at Work Scale(GWS)、燃え尽き(単一項目0–10)、離職意図(6件法)。
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主結果:ガスライティングは燃え尽き(調整β=0.653)と離職意図(調整β=0.616)に有意関連。相関はr=.298/r=.385。説明率は**R²約12–14%**と中程度。 MDPI
一般向け補足(わかりやすく)
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職場での具体例:
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問題報告に対し「そんな事実はなかった」と繰り返す。
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記録やメールの証拠を示しても「あなたの勘違い」と片づける。
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評価や配置の不利益の理由を後出しで書き換える。
こうしたパターンが重なると、自分の認識に自信がなくなり、疲弊や退職の検討につながりやすい、という意味です。 MDPI
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限界も正直に:この研究は同時点のアンケートなので、ガスライティングが原因で燃え尽きたのか、燃え尽きでネガティブに受け取りやすいのかは断定できません(因果は今後の縦断で検証)。 MDPI
実務ポイント(人事・管理)
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ゼロトレランス方針/通報ルートの明文化。
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同席者・議事要点の固定化(共有ファイル・メール要約)で「言った/言わない」を減らす。
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面談は事実→評価→根拠の順で外部確認可能な証跡を残す。 MDPI
研究③:ガスライティングの統合理論(2025)
出典:Klein, Wood, Bartz(Personality and Social Psychology Review, 2025, Online ahead of print) PubMed
研究の中身(専門向け要点)
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枠組み:予測誤差最小化(脳は辻褄を合わせたがる)、愛着・自己確認理論、共有現実理論などを束ね、通常の社会認知が偏った関係性(権力差・依存)で作用することでガスライティングが成立すると整理。 PubMed
一般向け補足(わかりやすく)
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なぜ効いてしまう?
人は親しい人の言葉を**“現実のものさし”にしがちです。否定や再解釈が続くと、自分の感覚より相手の言葉を信じるようになり、疑念→自己効力低下→依存という悪循環が回ります。対処には第三の錨(第三者・記録・別の専門家)**が効きます。 PubMed
実務ポイント
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支援現場:被害を感じる側に外部の事実確認ルート(別部署、人事、EAP、録音・日誌※適法範囲)を提供。
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研究:予測誤差傾向・愛着不安・共有現実志向などの事前測定→縦断実験へ。 PubMed
横断比較(3研究の位置づけ)
観点 | 研究① GREI(測定) | 研究② 看護師(現場影響) | 研究③ 理論 |
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主題 | 親密関係の曝露測定基盤づくり | 健康・離職への影響を数量化 | 心の仕組みの統合説明 |
デザイン | 2文化・横断 | 横断・回帰 | 理論統合 |
代表所見 | 11項目・単一因子、性差不変性、うつ↑/関係満足↓ | 燃え尽き↑/離職意図↑(調整β=.653/.616) | 共有現実×権力差で認知が歪む |
実務示唆 | 訴えの定量化・モニタ | 通報線・記録・第三者確認 | 第三の錨(外部参照点) |
(各出典: The Hebrew University of Jerusalem / MDPI / PubMed)
実務・臨床・研究へのアクション(一般向け補足つき)
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職場(人事・管理)
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記録主義:面談・指示・合意は要点メモを双方で確認。
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第三者の目:評価・配置・ハラスメント対応には同席者やレビュー線を入れる。
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周知と通報:ゼロトレランス方針と匿名通報窓口を案内。
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教育:上司研修に「否認・矛盾・理由のすり替え」等の兆候カタログを組み込む。 MDPI
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臨床・支援
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定量化+ナラティブ:GREIのような研究用尺度(転載・利用は権利確認)で全体像を掴み、具体的な事例メモで背景を補足。
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第三の錨:別の専門家・別部署・家族/友人を**“現実の参照点”**として活用。 The Hebrew University of JerusalemPubMed
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研究
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指標間の整合(GREI/GWS等)と縦断・介入で因果検証。
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定義の不一致を解消し、**政策・法(coercive control)**と接続する設計へ。 スプリンガーリンク
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背景メモ:定義の揺らぎと潮流(一般向け補足)
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総説(2025)は、ガスライティングの定義や操作化がバラバラである現状を整理し、構造的な権力関係を視野に入れた研究設計・法政策との接続を提案。
かんたんに言うと:「どこからがガスライティング?」が研究間でズレがち。でもそのズレ自体が議論を進め、測定・理論・制度が今まさに形になりつつあります。 スプリンガーリンク
公開・著作権ポリシー(このレポートについて)
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本文は完全オリジナルの要約・解説です。長文引用・図表・尺度項目の転載なし。
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研究②(Healthcare/MDPI)はオープンアクセス(CC BY 4.0)。本レポートは引用の範囲で数値のみパラフレーズし、二次配布素材を含みません。 MDPI
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研究①・③は出版社/PubMedの抄録・メタ情報に基づく要約で、著作権保護に配慮(スクリーンショット・原文引用なし)。
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参考文献は書誌情報のみ掲示(URL直貼りは省略)。
おわりに
科学的に検証可能な領域へと発展してきたことで、これまで見えにくかったガスライティングの行動パターンや心理的特徴が、少しずつ明らかになりつつあります。今後は、こうした知見が広く共有されることで、多くの人がガスライティングを識別できるようになり、加害的な行動が社会の中で隠れにくくなっていくと考えられます。
参考文献(書誌)
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Tager-Shafrir, T., Szepsenwol, O., Dvir, M., & Zamir, O. (2024). The Gaslighting Relationship Exposure Inventory: Reliability and validity in two cultures. Journal of Social and Personal Relationships, 41(10), 3123–3146. (研究要旨とメタ情報を確認) The Hebrew University of Jerusalem
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Moisoglou, I., Katsiroumpa, A., Konstantakopoulou, O., Papathanasiou, I. V., Katsapi, A., Prasini, I., Chatzi, M., & Galanis, P. (2025). Workplace Gaslighting Is Associated with Nurses’ Job Burnout and Turnover Intention in Greece. Healthcare, 13(13), 1574. (オープンアクセス本文) MDPI+1
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Klein, W., Wood, S., & Bartz, J. A. (2025). A Theoretical Framework for Studying the Phenomenon of Gaslighting. Personality and Social Psychology Review, Online ahead of print(2025年6月3日付)。 PubMed
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(背景)Darke, L., et al. (2025). Illuminating Gaslighting: A Comprehensive Interdisciplinary Review of Gaslighting Literature. Journal of Family Violence. (概念・法政策との接点) スプリンガーリンク
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